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表現規制問題における「有害」の定義

20110107



今後、都条例をはじめとする表現規制の話題はこちらで書いていこうと思います。



去年から色々な方と表現規制や表現物が子供に与える影響などについて言葉を交わしてきました。

その中で色々な食い違いや認識違いが浮かび上がってきたので、そのあたりを書いてみようと思います。





一番気になっていたのが何を持って表現物を「有害」とするのか、と議論を進める際に「有害」の定義がそれぞれ違うように感じることです。



私は「有害な表現などない」と考えています。

では「有害」とはどういった物を指すのでしょうか。





例えば煙草は、歩き煙草が条例で規制されはじめています。

全国的に禁煙のスペースも増えてきました。

これは、受動喫煙によって肺ガンになる可能性が高まる害をはじめとする様々な有害性が、研究によって立証されたからです。



では表現はどうでしょうか。



子供が法を犯した。その子供は事を起こす前に法を犯す内容の表現に触れていた。




という事象を論じるとき、「有害」な表現に触れたから、子供が間違いを犯したのだ。という主張が正しいか否か。

これには明確に「否」と主張できます。



子供が触れたその表現を、100人が見て一体何人が同様の過ちを犯すかを考えれば答えは明確です。

特定の表現を見た人間の大多数が、そのせいで犯罪に走る。そんな奇っ怪な事件は過去に例を見ません。

これまでに、表現物と犯罪の関連性が立証されたことはないのです。

客観的なデータに基づく立証がない限り「有害」と決めることは出来ません。



ごく少数の特殊な例外を取り上げてクローズアップし、「有害な表現のせいで犯罪が起きた」とするのはミスリードであるといえます。



表現自体に有害性があるのではなく、表現の受け手に問題があるのです。



直接関係があるかどうかも分からない表現物を遠ざけることで犯罪率が下がらない以上、こういった場合は受け手側を再教育するのがもっとも効率的です。





実は多くの人が「有害」と恐れて遠ざけようとするのは、表現の持つ「影響力」ではないかと思います。

どんな表現にも、多かれ少なかれ影響力があります。

いつどんなときに誰が読むかによっても千差万別ですが、影響力のない表現などありません。

むしろ、私たちは何らかの影響(刺激)を受けたくて表現に触れるとすら言えます。

悪い影響を受ける心配は当然、あるでしょう。



しかし、特定の表現が子供に悪影響を与える可能性がある、とするとき、その影響力を立証することが出来ません

受け手によって感じ方の違うものを、いったいどのように数値化するというのでしょう。



そんな曖昧なものを、法によって「有害」と断じるのはとても恐ろしいことです。






コメント

No title

こんにちは、

頭の痛い問題ですよね、都条例。



BLも「青少年に有害」とかなんとか言われてますが

BLの読み手=腐女子にとっては、

自分が(実在の)男と××するのが好きなんじゃなくて

(架空の)男と男がにゃんにゃんするのが楽しいんですから

別にBL読んだから性犯罪に走るとか、性に奔放になるとか

そんなことないと思うんですけどね。



実害っていったらせいぜい

男と男が仲良くしてるのを見たら顔がにやける

くらいしかないかと。
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どこにでもいるような本読み。数年前に社会人になったときに、本の値段は見ずに買うことを誓いました。auのISO5が早く欲しいです。

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